はじめに|「私って何なんだろう」
ある日、鏡を見てふと思いました。
「この人、誰だ??」
冗談みたいだけど、本気でそう感じたんです。目の前にいるのは確かに自分。でも、この人は何が好きで、何がしたくて、何のために生きているのか、全然分からなかった。
10年近くシングルマザーとして子育てをしてきました。毎日が「娘のため」「生活のため」で走り続けてきて、気づいたら自分のことを後回しにし続けた結果、「自分」がどこかに消えていたんです。
この記事は、40代で自分の価値が分からなくなって、そこから少しずつ取り戻していった私の話です。
自分の価値を見失った原因
振り返ってみると、価値が分からなくなったのは突然ではなく、少しずつ「自分」を手放していった結果でした。
①「誰かの役割」でしか自分を定義できなかった
「○○ちゃんのお母さん」「職場の○○さん」。いつも自分は誰かとの関係の中にいて、「私個人」として存在している感覚がなかった。
母親としての自分、社員としての自分。役割を全うすることが生きる意味だった。だから子供が大きくなって役割が薄れたとき、自分が何者か分からなくなりました。
②自分の「好き」を忘れていた
「何が好き?」と聞かれて、すぐに答えられなくなっていました。
若い頃は好きなものがたくさんあったはずなのに。子育て中は自分の好きなことに時間を使うのが罪悪感だったし、お金もそこには使えなかった。そうやって「好き」を封印し続けた結果、好きだったことすら思い出せなくなっていました。
③他人と比べてしまう
SNSを開けば、同年代で輝いている人がたくさんいる。キャリアを積んでいる人、趣味を楽しんでいる人、家族と幸せそうな人。
比べても意味がないと頭では分かっている。でも「私には何もない」という気持ちが止まらない日がありました。
一番つらかった時期のこと
一番つらかったのは、「自分は誰にも必要とされていないんじゃないか」と思ってしまった時期です。
子供たちはもう自分の力で生きている。職場では替えがきく存在。友達と呼べる人もほとんどいない。
「私がいなくなっても、誰も困らないんじゃないか」
そこまで考えてしまったとき、さすがに「これはまずい」と思いました。
少しずつ「自分の価値」を取り戻した方法
劇的に変わったわけではありません。本当に少しずつ、少しずつ自分を取り戻していきました。
①「価値がある人」をやめて「ただの自分」に戻った
「自分の価値を見つけなきゃ」と思えば思うほど苦しくなりました。
あるとき気づいたんです。価値がないと生きていてはいけない、なんてルールはどこにもないと。
すごいことができなくても、誰かに必要とされなくても、ただ生きているだけでいい。そう思えたとき、少し肩の力が抜けました。
②「できたこと」を数えるようにした
「足りないもの」ばかり数えていた自分に気づいて、逆に「今日できたこと」を毎晩1つだけ書くようにしました。
「ごはんを作った」「洗濯物をたたんだ」「ブログを1行書いた」。そんな小さなことでいい。
最初は「こんなの当たり前じゃん」と思っていました。でも続けていくうちに、「当たり前のことをちゃんとやれている自分」が見えてきて、それが静かな自信になりました。
③「発信する」ことで自分の輪郭が見えてきた
ブログを始めたことが、思いがけず大きな転機になりました。
自分の経験を言葉にすると、ぼんやりしていた自分の考えや気持ちに輪郭が生まれる。「私はこう感じていたんだ」「私はこれが大切なんだ」と、書くことで自分を再発見していく感覚でした。
④過去の自分を「よくやった」と認めた
シングルマザーとして、ひとりで子供を育ててきた。お金がなくても工夫して、体がきつくても踏ん張って、毎日を乗り越えてきた。
それはすごいことなんです。
「もっとうまくやれたはず」「もっといい母親になれたはず」と自分を責めていたけれど、当時の自分は精一杯だった。それを認めてあげたとき、自分への見方が少し変わりました。
今の私が思うこと
正直に言うと、今も「自分の価値」が完全に分かっているわけではありません。
でも、分からなくても大丈夫だと思えるようになりました。
価値は「見つける」ものじゃなくて、日々の暮らしの中で少しずつ「育てていく」ものなのかもしれない。
45歳。まだまだ途中です。でも、途中だからこそ、ここから自分を作っていける。
同じように「自分って何なんだろう」と悩んでいる方がいたら、あなたはひとりじゃないです。そして、悩んでいること自体が、自分の人生を真剣に考えている証拠だと私は思います。
ひとりで抱え込まなくても大丈夫です。お金のこと、暮らしのこと、これからの人生のこと一緒に考えましょう🌻

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